(五十音順)

壊れていく母、その母を一人で支えると決める父。
それぞれの心の動きは決して老いていない。
ぼけてなお、母はずっと母であり、弱ってなお、父はずっと夫なのである。
―――阿川佐和子(作家・エッセイスト)

認知症の妻と90歳を超えた夫との日々の生活を追い続けたドキュメンタリー映画、
なぜかそこには悲壮感、悲哀感はない。
幸せな老夫婦の姿だけが印象に残った心打たれる真実のドラマ。
―――今井幸充(認知症専門病院 和光病院院長)

「…物語です」という、冒頭の監督ナレーション。
その優しいオブラート無しでは、僕はラストまで直視できなかったかも。
監督自身も、完成に辿り着けなかったかも。
それぐらい、実は苛烈な問題提起作。
―――下村健一(ジャーナリスト)

長寿の哀しみと喜びが両方、画面からどっと溢れ出る。
映像で綴られた老人文学であり、家族文学……
監督の臓物の如き究極の私小説を眼前に突きつけられた。
―――中瀬ゆかり(編集者 コメンテーター)

親が子を思う愛。子が親を思う愛。
すべてを受け入れるという何より難しく何より美しいもの。
そんな映画を見れた私はなんて幸せなんだ。
本当に本当に、私、涙が止まらなかった。
―――長与千種(マーベラスプロレス代表)

さらけだす老いの修羅。
この映画は、父と母と娘の凄絶な「共同作品」であり「競作」だ。
―――平松洋子(エッセイスト)

連れ添って生きて、互いに老いていく…。
娘の「私」がカメラを通して伝えてくれたその姿は、
切なさと愛おしさに満ちて、胸に深く響きました。   
―――渡辺一枝(作家)

 



 広島県呉市。この街で生まれ育った「私」(監督・信友直子)は、ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター。18歳で大学進学のために上京して以来、40年近く東京暮らしを続けている。結婚もせず仕事に没頭するひとり娘を、両親は遠くから静かに見守っている。



 そんな「私」に45歳の時、乳がんが見つかる。めそめそしてばかりの娘を、ユーモアたっぷりの愛情で支える母。母の助けで人生最大の危機を乗り越えた「私」は、父と母の記録を撮り始める。だが、ファインダーを通し、「私」は少しずつ母の変化に気づき始めた…



 病気に直面し苦悩する母。95歳で初めてリンゴの皮をむく父。仕事を捨て実家に帰る決心がつかず揺れる「私」に父は言う。「(介護は)わしがやる。あんたはあんたの仕事をせい」。そして「私」は、両親の記録を撮ることが自分の使命だと思い始め−−−





 娘である「私」の視点から、認知症の患者を抱えた家族の内側を丹念に描いたドキュメンタリー。2016年9月にフジテレビ/関西テレビ「Mr.サンデー」で2週にわたり特集され、大反響を呼んだ。その後、継続取材を行い、2017年10月にBSフジで放送されると、視聴者から再放送の希望が殺到。本作は、その番組をもとに、追加取材と再編集を行った完全版である。娘として手をさしのべつつも、制作者としてのまなざしを愛する両親にまっすぐに向けた意欲作。




1961年広島県呉市生まれ。1984年東京大学文学部卒業。 1986年から映像制作に携わり、フジテレビ「NONFIX」や「ザ・ノンフィクション」で数多くのドキュメンタリー番組を手掛ける。 「NONFIX 青山世多加」で放送文化基金賞奨励賞、「ザ・ノンフィクション おっぱいと東京タワー〜私の乳がん日記」でニューヨークフェスティバル銀賞・ギャラクシー賞奨励賞を受賞。 他に、北朝鮮拉致問題・ひきこもり・若年認知症・ネットカフェ難民などの社会的なテーマから、アキバ系や草食男子などの生態という現代社会の一面を切り取ってきた。 本作が劇場公開映画初監督作品。





監督・撮影・語り:信友直子 プロデューサー:大島 新 濱 潤 共同プロデューサー:前田亜紀 堀 治樹 山口浩史
編集:目見田 健 実景撮影:南 幸男  音響効果:金田智子 ライン編集:池田 聡 整音:富永憲一 
配給宣伝協力:ポレポレ東中野 ウッキー・プロダクション 製作・配給:ネツゲン フジテレビ 関西テレビ 
©2018「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会
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